vol.820 カティエ聖域への旅
2026-04-12
・Kazuさんからのお便り⑥
・真剣勝負と強さ
・最下層の生まれ
・絶望と覚醒の道
・カティエ聖域への旅
・真我の感覚
・覚者が10人いたら変わる世界
本日の動画の内容
1.謎の剣士と絶望の入口
前回語られた謎の剣士は 小次郎に剣を教えた人物であり
幼い頃から真剣勝負の世界に身を置き 勝つことを宿命づけられた末に、この世の在り方そのものに深い虚しさを見た
2.才能と上昇の時代
当時の社会では 身分の低い者が己の才能を発揮し 上へ行くための道は限られていた
3.絶望の先にある覚醒
覚醒の道に入るには 何らかの形で絶望を通らなければならないと語られる
それは単なる落胆ではなく
「この世にもう居たくない」と思うほどの深い嫌気であり
世界の汚濁や限界を見切ったとき、人は真我へ向かう入口に立つ
4.カティエ聖域への旅
カティエ聖域への旅を読んだものの精神状態について語られる
この世の富や名声に興味を失い、そこへ向かいたくなるとされる
5.真我は“体験”を超えたもの
真我は見ること・聞くといった体験として捉えられるものではない
それに触れた者はこの世界への執着を失い留まり続けることが難しくなる
そこには何らかの大きな理が働いていることが示唆される
はい 前回は謎の剣士のお話しで
謎の剣士が小次郎にですね、剣を教える、たんですね
もうその人もね、生きることに絶望しちゃって
あの・・・
真剣勝負もずーっとね、何歳ぐらいからだろう?えーとねまあ10代だよ、10代の前半から真剣勝負ずーっと やってきて
武蔵もそうだよね?
同じ、当時の人は同じ感じよ、大体剣豪ってのは
子どもの頃からあの やっぱ才能あるのよ
あの・・・肉体的なね?才能が
頑丈だよ、で強い
で今トライアスロンやらしたらたぶん速いよね
そういう感じよ
フィジカル的に強い、精神的にも強い
そういう人は やっぱどこのジャンルに行っても、テニスやってもバレーボールやっても野球やっても
みんな やっぱね、それなりの才能を発揮しますよ
当時は 自分の才能を発揮しようと思ったら、チャンバラやんなきゃダメだったわけよ
それしか上に行く道が無いわけ、身分が低い者がね
この人も最下層で生まれてますよ 実は
武蔵・・・は、あれはうん?武士の家に生まれてるね、あれは
小次郎は言っちゃって良いのかな?
小次郎は言っちゃまだダメだって
まあ三十五部品の中ではちゃんと明らかにされてますけども
ところがこの人は、この人ってのは武蔵、いやいや小次郎に剣を教えた方は、最下層ですよ。の生まれ
とんでもない所で生まれて、とんでもないことしてますよね、生まれた時から
で とんでもないことをずっとしてきて
面白いよこの人の話は
だからこれは本当にアニメにしたいね
その前に三十五部品でちょっと書くかもしれんけどね
ちょっと あのお休みしてるから、三十五部品の方
申し訳ないんでちょっと書くかもしれんけども、まあ分かんない
それはちょっとまあペンディングしといてもらって
でね?その方も絶望したと
でね、大体みんな絶望するんだよ
絶望しないと覚醒の道には行けないのよ
で 絶望の仕方も色々あるのよ?
もうショックとか、EOの本当にああ もう嫌だという感じとか
ああもうこの世を早く去りたいなとか思う感じとか
みんな大体 この世を早く去りたいなと思うんですよ
だからもう真我を見た人っていうのは もういいやと
いつまでも こんなところに、汚濁にまみれたこの地上にはいたくないってみんな思うわけよ
そう思うでしょ?
あの御祭舟のアニメでも結構先、まあ何年後かに出てきますけども
「カティエ聖域」ってあるんですよ
で カティエ聖域の「カティエ聖域への旅」っていう本があるんですけども
その本見た人っていうのはもう真我見たのとほぼ同じなのよ、実は
見たっていうか 真我を体験したのとほぼ同じになっちゃって、もう何にも興味なくなるわけ
もう お金がいくらあろうが億万長者であろうが 何であろうが、もうそこに行きたくなっちゃうわけよ
で その旅への地図があるわけ
地図っていうかまあナビゲーション、ナビゲーターみたいなもんがある。まあ船長だよね、ナビゲーターみたいなのが あるわけよ
だからその本を手に入れたいと
でその本の伝説がいっぱいあって
もうとにかく、金持ちの集まりがあったらですよ?お前見てみろとあれを
スゲェからって言ったやつがいつのまにか消えちゃうわけよ
で あいつはカティエ聖域に行ったんだっていう噂がこう広がって
その信憑・・・
その人ってのは本当やっぱ大金持ちだし
で・・・
あいつが行くんだからきっと スゲェんだろうなっていうのがこう広がっていくわけ、金持ちの間に
で そういう話しがあるんだけども、まあ それはまた置いといて
だからね 真我っていうのは
を垣間見た人、真我を1回
ちょっと体験つったら変だけども、体験する
真我を体験ってのもなんか変なんだ実は、古川君が言わせると
私は分かんないよ?目風は分かんないけども
古川君は違うって言うんだけど
それは体験するようなもんでも読み書きするようなもんでも見るもんでも 聞くもんでも味わうもんでも ないんだって
知らんけど
そう仰ってます
だから あの・・・まあ適当に言ってます、目風は
それを真我を見たらもうこの世界にはいられないよという話しがまず前提としてあるよということ、ね
だからみんないなくなっちゃうのよ
だから真我の境涯にある人が100人いたらこの世界はもう本当に変わっちゃうよ?
100人いらないって
20人いたら変わっちゃうって
うん、いらない?
10人でいいって
ああ、ずっといたらね。ずっといたら10人でいいって
だけど そうはならないんだってこの世界は
そういう風にしちゃダメっていう理 があるっていうか
まあそういう風にしてるんだって、上の方たちが
それにも理由があるんだよね
もう時間が来た
はい今日はここまで
全然終わんないねこれ、困った
あとがき
この話では 剣の強さも 身分を超える努力も
ついに人は救い切らないものとして語られています
むしろ 極めた者ほど最後には
「これではなかった」と気づいてしまう
そこに この世界の厳しさがあります
絶望とは ただ暗く沈むことではなく
この世界に託していた希望が
剥がれ落ちることなのかもしれません
そしてその剥落の先に
ようやく別の光が見え始める
そんな入口の話は 非常に深い内容です